誰もが何かを失った災厄から十数年。男は答えのない問いを求め彷徨い続ける。
【 ストーリー 】
40歳の植木職人・坂井祐治は、十数年前の災厄によって仕事道具を全てさらわれ、その2年後、妻を病気で喪う。自分を追い込み肉体を痛めつけながら仕事に没頭する日々。息子との関係はぎこちない。あの日海が膨張し、防潮堤ができた。元の生活は決して戻らない。なぜあの人は死に、自分は生き残ったのか。答えのない問いを抱え、男は彷徨い続ける。止むことのない渇きと痛みを描く芥川賞受賞作。
【 著者プロフィール / 作品情報 】
著者:佐藤厚志(サトウ・アツシ)
1982年、宮城県仙台市生まれ。東北学院大学文学部英文学科卒業。2017年、「蛇沼」で新潮新人賞を受賞しデビュー。2020年「境界の円居」で仙台短編文学賞大賞を、2023年『荒地の家族』で芥川賞を受賞。他の著書に『象の皮膚』『常盤団地の魔人』がある。
読み仮名:アレチノカゾク
出版社:株式会社 新潮社
発行年月日:(書籍)2023/01/19、(文庫・電子書籍)2025/05/28
作品のなかの町にふれる
『荒地の家族』の執筆にあたり着想を得た亘理町の風景のなかから、著者・佐藤厚志さんが選ばれた五ヶ所を、該当するシーンの記述とともに紹介する。(撮影時期:2025年の春から夏にかけて)
亘理大橋
岩沼市と亘理町の境に架かる亘理大橋
帰り道、祐治は亘理大橋を渡ったところで商売道具の二トントラックをとめた。日が傾いて、蔵王連峰の山並みに残る雪が青白く影になっている。(P.5)
亘理大橋から阿武隈川河口をのぞむ
阿武隈川河口
阿武隈川河岸から海へつづく遊歩道
阿武隈川の河岸を河口に向かって歩く。海からの風が体を冷やす。
日が暮れるまでの間、今が狙い時だというように河岸沿いで釣り人がせわしなく仕かけを投げ込んでいた。
淡水の占める割合が多い河口水域では、地元の高齢の男たちが、ガラかけ釣りという単純な釣法で竿を振る。(P.5)
阿武隈川河岸沿いの釣り人たち
海岸の防潮堤
河口からつながる防潮堤と荒浜海岸線
高さ7.2メートルの消波ブロック帯
災厄直後の亘理の浜に、防潮堤より他に建設するものはなかった。限界まで巨大に設計された防潮堤は、ついこの間経験したばかりの恐怖の具現そのものだった。海からやってくるものの強大さをいわば常時示すように防潮堤は海と陸とをどこまでも断絶して走っていた。
地盤沈下によって内陸に迫っているという海岸線を、目にとまるものを期待しながら、祐治は投光する灯台になったつもりで見渡す。(P.8)
荒浜海岸から吉田浜海岸を経て山元町へのびる
防潮堤からのぞむ吉田浜海岸
沿岸の平野
避難道路・荒浜大通線を宅地から海のほうへ
海の付近一帯はいつくるともしれない災厄のために自治体に買いあげられて民家はない。一部は公園として整備される計画があるが、更地のまま残され、見晴らしがいい。
宅地から海のほうへ抜けると、そこは荒地ともいうべき広大な景色が北へ南へどこまでも続いていた。(P.28)
整備された鳥の海公園・避難の丘からの眺望
烏鳥屋山
田沢集落、阿武隈山地の北の端にある里山
途中、烏鳥屋山(からすとややま)が崩れているのが見えた。
小さい頃に登って、虫取りをした場所だが、今は土が剥き出しになっているはげ山だった。頂上がちょん切られて台形である。元々の三分の二ほどの標高に沈んでいた。山というより、丘である。その台形の丘の角が大雨で崩れていた。
田んぼに囲まれ、他にこれといって特徴のない田舎で烏鳥屋山が地区の人間にとって拠り所だった。見通した風景の中に烏鳥屋山があれば、そこが生まれた土地であり、育った空間であるとわかる。(P.154)