| コミュニティヒストリー |
時代と感性が織りなす価値
『ありがとう、ごめんなさい帖』には、
日々を生きる想いがぎゅっと募っている。
町のみんなの声に耳をすませてみたら、
ふわり、亘理町の輪郭がうかびあがった。
うちの奥さんへでいいかな。
いつも好きなことやらせてもらって、ありがとう。
一緒にバンドもやってくれてありがとう。
あとは、、、ごめんなさいはね、、、ごめんなさいは。
やりたいことに付き合わせて、ちょっと俺のワガママもいつも聞いてもらってるんで。
そこらへんはちょっとごめんなさいもあるかな、とおもいます。
会社員/バンドマン 千葉県出身(移住)
ありがとう〜、龍ちゃんへ。
資格取らせてもらったり、ライブ行ったり、旅行行ったり。勝手ゆるしてくれていつもありがとう。
ごめんなさ〜い。
いつも帰り遅くてごめんなさ〜い。
龍ちゃんとネコ6匹、いつも大事におもってまーす!
会社員/バンドマン 亘理町出身(Uターン)
旅行に連れてって、くれて、ありがとう。
いろんなとこに。いわてけん。
ママ、あさ起きなくてごめぇんなさい。
保育園児 亘理町出身(定住)
パパ、働いてくれてありがとう。
きょうだいゲンカしてごめんね。
小学生 亘理町出身(定住)
ママとパパ、働いてくれてありがと。
きょうだいみんな、ケンカしてごめんね。
小学生 亘理町出身(定住)
家族のみんな。
鮪匠の資格(
一般社団法人全国鮪解体師協会認定 1級マグロ解体師)を取らせてくれてありがとう。
解体ショーの仕事で、家族の時間がちょっとへっちゃってごめんね。
みんなの応援があるから、頑張れているよ。
大好きだよ!
釣り船 第一良寿丸の水産加工 仙台市出身(移住)
野菜とかですね。田んぼのコメとか。
そして、アセロラですね。
天候がわるくて、ごめんなさいね。
いつも、わたくしたちをですね。
頼って、お店に来てくださるお客さん、ありがとうございます。
農家/亘理アセロラ園経営 亘理町出身(定住)
アセロラを買いにきてくださるお客さんに、いつもありがとうございます。
去年(2023年)から季節感がこの高温でなくなって、アセロラがあるはずの時期になかったり、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
農家/亘理アセロラ園経営 亘理町出身(定住)
素敵なことをしてもらったときは、すみませんではなく、ありがとうと伝えます。
どんなに小さくとも、嬉しい!素晴らしい!ワオ!と感じたら、心から感謝するよう心掛けています。
そうすると、自然にありがとうがでてくるし、嘘がない言葉になるから。
そして次第に周りの人も巻き込んで、幸せな気持ちになって、プラスの連鎖が起きていくのかなっておもいます。
失敗をしたり自分が悪いなって感じたときは、素直にごめんなさいが言えたらいちばん良い。
もし言えずに心残りになったとしても、タイミングをみて、あのときはごめんなさいとか言えたなら、それはそれで良い。
ごめんなさいが、いつか笑い合う話になれたのなら、それこそが最高だとおもいます。
アーティスト/ギャラリーカフェ店主
名取市出身(移住)
私の周りの人たちに、感謝。ありがとう。
この年代(80代です)になって、気が付くことがいっぱいありました。ごめんなさいネ。
でもね、私。主人にもありがとうとかごめんなさいとか、とりとめのない、いっぱい言いたいこともあるの。
だけれど、やっぱり、ほかの人たちがいっぱいありますのでね。うん、いっぱい助けてもらった。
いまがあるのは、みんなのおかげです。
元 陶芸教室主宰 静岡県出身(移住)
亘理町に生まれ育って、ありがとう。
なぜかって、ほかの地域とくらべると温暖で、すごく住みやすい。その気候的なことに、ありがとうって言いたい。
うん、やっぱり、それが一番かな。
ごめんなさいっていえば、人生の半分も、この地域にいなかったことかな。22歳から57歳まで、ほとんどいなかったからね。
転勤、転勤でね。
退職してから、地域のまとめ役を任せてもらうようになって、たくさんの人とのつながりができた。
もっと早くにね、町について深く知れていれば、もっともっといろんなことできたのかなぁっておもうしね。ほんとはもっと長く、ここに住みたかった。
それが、いちばん私が後悔しているところですね。
ごめんなさい。
吉田西部地区まちづくり協議会会長 亘理町出身
(Uターン)
おかあさん、ごはん作ってくれてありがとう!
あとは〜〜。
おかあさん、おこらせてごめんなさい!
小学生 亘理町出身(定住)
じぶんの子どもたちに、ありがとう。
いままで元気に育ってくれて、たいへんなこともあるけれど、あなたたちからたくさん教わることがあったので、ありがとう、とおもいました。
そして、ごめんなさいも、子どもたちにごめんなさい。
いつもおこってばかりで、どなってばかりで、ごめんなさい。
まる子のおやつ店主 岩手県出身(移住)
いろんな仕事して、いろんなチャレンジして、なんでもやってみなくちゃわかんね。挑戦するっていうのは、いいことだよ。
いまは、地域の行く末を担うような職務の人たちと、対等に意見を言い合えるようになれた。この立場にいさせてもらえるのは、人のつながりに恵まれてきたからだとおもう。
頼ってもらえるのは幸せなことで、ありがとう。おふくろにも感謝しなきゃいけないのは、おれ垂れ目だからさ、あんまりわるい印象をもたれないんだ。
ごめんなさいといえば、女房に、だな。
ずっと辛抱して、挑戦についてきてくれた。
いまは元気にしてるけれど、大病もしたしね。それでも、愚痴ひとつこぼさず支えてくれた女房を、オレは同志だとおもってるよ。
(有)菊地工業代表/菊一商店店主 亘理町出身(定住)
私のありがとうは、いつも私のやりたいこと、好きなことに理解を示してくれる家族と、一緒に活動してくれる友だちに、ありがとうを言いたいです。
ごめんなさいは、家を空けることがおおくて、ひとりでカップラーメンを食べているお父さんに、ごめんなさいです。
子ども・シニア福祉ボランティア 亘理町出身(定住)
毎日に楽しみがふえました。
いろいろと、美味しいものをたくさんありがとう、亘理町。
いつも家事とか、いろいろお願いして。
ぼくはビール呑んでばっかりで。
家族のみなさん、ごめんね。
会社員/バンドマン 山元町出身(移住)
つづきは、また、すこしずつ。
(各エピソードは取材当時の内容です)
町の花 さざんか (1983年4月1日 制定)
『季(とき)のたより』は、移ろいの便り。
町の、そこかしこに息づく生活のリズム。
人と季節が頼り、頼られるようにして、
くりかえされてきた四季のおりおり。
...記事は、だんだんとお届けします。
町の花 さざんか(1983年4月1日 制定)
/ 亘理神社(1879年 創建、亘理伊達家居城跡)
『文化財のまもり』とは、保護と加護。
手を掛けなければ、文化財は脆く消え去る。
見守り、繕い、受け継ぐ人々の日常には、
文化財から護られる心の安寧があった。
...記事は、だんだんとお届けします。
『ありがとう、ごめんなさい帖』には、
日々を生きる想いがぎゅっと募っている。
町のみんなの声に耳をすませてみたら、
ふわり、亘理町の輪郭がうかびあがった。










































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